内側から満たされる本当の平和 | 感覚満足はダメなのか?
- Kairava Devi Dasi
- 1 日前
- 読了時間: 4分

はりぼ〜、みなさま。
カイラヴァです。
いかがお過ごしでしょうか?
今朝、法話(お話)の中で、
「人々が精神生活に興味を持てないのは長い間、感覚満足を楽しむことを追求してきたから、なかなかその習慣から抜け出せない。」
というお話がありました。
ギーターでも感覚満足は良くないと書かれていたり、こういうお話を聞くと、自分の感覚を満たすのはダメなのだろうか?
と思いますよね。
質問や相談でもよく出てきます。
私たちは普段、美味しいものを食べたり、欲しいものを手に入れたり、美しい風景を見たり、人から褒められたりすることで「幸せ」を感じますよね。
これらは専門的な言葉で「感覚満足(五感を楽しませること)」と呼ばれます。
でも、これまでにふと外側の刺激による満足の繰り返しに虚しさを感じたことはないでしょうか?
今日は、感覚満足が良くない理由についてお話ししてみたいと思います。
1. それは「喉が渇く塩水」を飲むようなもの
美味しいアイスクリームを食べた瞬間は、最高に幸せです。 でも、その幸せは一瞬で消えて、明日になればまた別の「美味しいもの」が欲しくなる。
ヴェーダでは、この感覚満足の幸せを「塩水を飲むようなもの」と例えます。
喉が渇いているときに塩水を飲むと、一瞬だけ潤った気がしますが、すぐに前よりもっと激しい渇きに襲われてしまいます。
「もっと、もっと」という終わりのない渇きのループ(欲望の追いかけっこ)の中にいる限り、私たちの心はいつまで経っても、本当の安らぎ(平和)に辿り着くことができません。
2. 「外側」の変化に振り回されてしまう理由
感覚を満足させること(物質的な楽しさ)ばかりを基準にして生きていると、私たちは無意識のうちに「この肉体や、目に見える環境こそが私のすべてだ」という強い枠(制限)に縛られてしまいます。
そうなると、
自分の思い通りにならない周りの環境へのイライラ
手に入れたものが失われることへの不安
年齢を重ねることへの恐怖
など、外側の状況の変化に、自分の幸せが振り回されるようになってしまいます。 本
来の私たちは、肉体や環境を超えた「永遠の精神(魂)」そのもの。
外側がどうであれ、内側は常に満ちている感覚があるはずなのです。
3. 本来のエネルギーを「内側」に蓄えるために
外側の刺激を追いかけているとき、私たちのエネルギーは外へ外へと漏れてしまっています。 魂が本来持っている、無限の愛や知性、内なる静けさを育むためのエネルギーが、
外の刺激を消費することで使い果たされてしまうのです。
だからこそ、時には外側のスイッチをオフにして、内側を見つめる時間、お祈りやマントラに耳を傾けるような精神的な時間が大切になってきます。
誤解してほしくないのは、「五感を楽しませることが絶対に悪だから、すべてを禁止しなさい」ということではありません。
私も、お気に入りのチョコレートアイスクリームを食べることは喜びですし、今世の肉体があるからこそ味わえる豊かさは、ギフトとして軽やかに楽しみたいと思っています。
大切なのは、「感覚に支配されて我を失う(依存する)」のではなく、「自分で制御できる範囲で、心地よく楽しむ」ということ。
外側の刺激を追いかけなくても、自分の中心にしっかりとした軸(内側の平和)があれば、私たちはいつでも、ただそこに存在するだけで十分に満たされ、幸せでいられます。
今日もあなたが、外側の波に振り回されることなく、内側の凪とともに
心地よい時間を過ごせますように。
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